けんちゃんが元気だった頃、大事にしている箱がありました。
赤い蓋の25cm角くらいの何かの食器が入っていた箱です。
けんちゃんと私が出会った頃は、今みたいに携帯電話も
普及していませんでした。
そして、ほとんどの家に電話はある頃だったにもかかわらず
なんと出会ったばかりのころは、けんちゃんのアパートには
家デンもありませんでした。
私は、けんちゃんと連絡を取ろうにも、けんちゃんが公衆電話から
電話をかけてくるのを待つしか手だてはなかったのです。
待ち合わせだって、携帯なんかないわけですから、ちょっと遅刻の
連絡も取れないわけで、今考えると呑気な時代だったなあ・・・
と思います。
行き違いで駅の反対側の改札で、お互いに待っていたなんてことも
あったような気がします。
けんちゃんと出会ったばかりの頃・・・まだ付き合い始めても
いなかった時です。
友達何人かと行ったコンサートの帰り道、けんちゃんが家まで
送ってくれたのですが・・・
その後、お礼の電話をかけようと思ったものの、けんちゃんの
家には電話がありませんでした。
その頃、お世話になっていた歌の先生にそのことを話したところ
「あなた・・・そう言うときの為に、お手紙というものが
あるんでしょう。。。お手紙をお書きなさい。。。」
そう言われて・・・
あ〜・・・そういう手もあるか・・・
と思い、早速お礼の手紙を書くことにしたのです。
その手紙を読んだけんちゃんが、電話をくれて、その後
お付き合いをするようになったのです。
なんとものんびりした時代でした。
けんちゃんと付き合いだした後も私は週に1・2回は手紙を
出していました。
今のメールの感覚で他愛のないこと・・・今日はどこへ行ったとか
誰と会ったとか、本を読んで感動したしたとか
どこどこのお店は美味しいとか・・・
そんな他愛のないことを書いていました。
ラブレターなんていえるようなものでは、ありませんでした。
けんちゃんが亡くなった後、押し入れの天袋から赤い蓋の
箱が出てきました。
前に私が「その中、何が入ってるの?」と聞いた時
けんちゃんは「大事なものだよ」と言って、すぐに隠して
しまったのです。
それっきり、どこにいったのか見かけなくなっていて
私もすっかり忘れていました。
その箱の中には、私が結婚する前、けんちゃんに送った手紙が
いっぱい・・・ひとつ残らず入っていたのです。
私はそれを発見した時、びっくりしてボロボロ涙を流していました。
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2008年09月02日
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