けんちゃんが亡くなって3年・・・
もう3年?
まだ3年?
私はまだ3年なんだと思っています。
けんちゃんと一緒に居た22年に比べればまだ3年です。
数字だけで考えれば、けんちゃんと一緒に居た時間と同じだけの
時間を過ごすにはあと19年はかかるわけで・・・
そのことに気がついてから、なんだか気が楽になったんです。
けんちゃんがいてもいなくても、時間は過ぎて行くわけだし
生きていれば、過ぎた時間は思い出になります。
不思議なことに、悲しいことも辛いとも・・・楽しいことも
思い出というひとつの枠で括られるんです。
自分の過ごしてきた時間は全て、無駄な時間なんかじゃない。
「悲しいことは忘れて・・・」
「辛いことは忘れて・・・」
人はよくそう言います。
「悲しいことを乗り越えて・・・」
「辛いことを乗り越えて・・・」
そうも言います。
けれど、私は忘れるものでも、乗り越えるものでもない
と思うのです。
けんちゃんを亡くしてからの3年・・・
この時間も私の思い出の中に加わるのですから・・・
まだ3年・・・
生まれた赤ちゃんがやっと幼稚園に入園するころです。
そう考えると、焦りの気持ちもなくなります。
ゆっくりのんびり、私らしく過ごして行けばいい・・・
自分のしてきた経験・これからしていく経験の全ては、
私自身なんだと思うのです。
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2008年11月22日
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3年間だったのでしょうね。
私には大切な人を失ったと言う
悲しみはまだ体験してませんが。。
これから年を取って行く上で
経験していくのだと思います。
旦那は言います。俺が死んだら
笑って送り出して欲しいとの事。
実際、本当に旦那が死んだら
そう出来るかは自信はありません。
でも出来るだけ旦那の思いを尊重したいです。出来るだろうか??
年をとって、天寿を全うしたなんて言われる程、長生きして
亡くなった場合と、若くして突然亡くなった場合と、気持ちは
違うと思いますよ。
亡くなった経緯によっても違うでしょう。
全てのケースを同じに考えることはできないと思います。
けれど、どんな場合にせよ残されたものは、悲しくないわけがない。
悲しい気持ちを押し殺して笑って送り出してもそれは、ちょっと
違うかな・・・と思います。
亡くなった人の意思を尊重するとか、受け継ぐとかいうことは
また違った次元のものだと思います。