スポンサード リンク


2011年04月01日

東北地方太平洋沖地震から3週間が経ちました

東北地方太平洋沖地震から3週間が経ちました。

私の住む高崎でも震度6弱の揺れでした。
私の人生の中でこんなに大きな地震は、初体験でした。

もちろん、被災された方々の比ではないですが。。。

ちょうど地震がおきた3月11日は、毎年お仕事させて
もらっているバイトの初日でした。

張り切って仕事をしていて、調子良く進んでいた時です。
尋常ではない揺れでした。

バイト先は、印刷会社なので、紙類のはいっているダンボールなどが
積んである場所もあるのですが、重たいダンボールがただ落ちるの
ではなく飛んでいました。

スチールの机も何も乗っていないものは、飛びました。

かなり怖かったです。

その日は、一旦揺れが収まった後、すぐに帰宅の指示が出て
家に帰りました。
次の日からは、通常どうりの勤務でしたが、気持ちはずっと
ざわざわしていました。

テレビでは、毎日地震の映像が流れ、余震もひっきりなしに起き。。。

ここ数日、やっと揺れているような変な感覚が、いくらかなくなって
きたような気がします。

もちろんバイトも行っていますし。
普通に生活しています。

ただ、あの地震以来。。。
自分の中の価値観が変わってしまいました。

たくさんの方が、突然。。。
大切な人を亡くしました。

そして、今まで何気なくできていた、ごく普通の生活が
できなくなってしましました。

震災の恐怖もたいへんなものだったでしょう。。。

原発の心配も。。。これは私達にも多かれ少なかれ関わって
くることです。

これからの日本。。。
悲観的になっているわけではないのですが。。。

今までと同じではいけないんだ。。。
漠然とそう考えます。

流されているような生活。。。生き方。。。
それじゃダメだと。。。

だからって、無理できるわけじゃありません。
バリバリ頑張れるわけじゃないです。

でも。。。だからこそ。。。
きちんと選び。。自分で決断していかなければ。。。

地震によって、私の中の何か壁・・・バリアのようなものが
音をたてて壊れた気がします。

今は、とにかくお仕事させてもらえることに感謝。。。
普通の生活ができることに感謝です。
posted by 桃色珊瑚 at 22:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめましてmakibonともうします。
30代後半東京都です。
今年1月に6年間一緒に同棲していた彼を事故で亡くしました。
突然独りになってしまい。辛く寂しく…このブログにたどり着きました。

彼を亡くし毎日が非日常になってしまったので
地震が来て今の状況も非日常で怖さは感じませんでした。
人の幸せを喜べない自分がいました。

被災地で沢山の人が…と胸が痛みました。
でも、私も被災地で彼を地震で亡くしたら…大勢の人と悲しみを共有できるのに…なんて思ってしまい。
しかも暖かい布団の中で…酷い人間です。

でも、知り合いのご家族が被災地で無事であったと報告を受け素直に「良かった」と思えました。

周りが通常の生活に戻ってきて
また孤独感に追われています。

でも…少しでも多くの人が助かる様にと思えてます。
Posted by makibonchan at 2011年04月13日 10:38
こんにちわ。

僕も3月にいとこをなくしました。
いつものような一日が過ぎて
また明日もおはよう、と
そんな日々のはずなのに
お風呂で亡くなっていました。
いつも会っていた人が
突然消えるというのは

22歳である僕には
衝撃的で時々
すごく落ち込みます。

残された人も辛いって
こういうことなんだって
分かりました。

でも、前を向いて笑って
生きていかなければ
いとこも笑ってくれないと
思っていま、生きてます。
地震もまだ多いですね。

色んな人がいるんですね

Posted by ひろ at 2011年06月25日 23:53
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。