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2007年04月25日

斎場

人は皆、必ず土にかえるのだ。
そう頭では分かっていても、斎場のあの高い煙突から出る煙を
見ながら待っている時間はなんとも嫌なものでした。

あの道を行くと斎場だということは知ってはいましたが、
それまでは通ったことのなかった道でした。

親戚の人達や親しい友人達の賑やかさで、斎場での時間は
あっという間に過ぎました。

けんちゃんはお骨になりました。

私の感情の感覚は麻痺していました。
涙が出てこないのです。

皆は私に「気丈にがんばりましたね」と言ってくれました。

でも本当は違うのです。

人間、あまりに悲しくショックなことがあると感情がロックされて
しまうんだと・・・今になってみるとそう思います。


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posted by 桃色珊瑚 at 00:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

お別れ会

実は、お通夜からお別れ会にかけてのことはあまり良く憶えていないのです。

断片的に憶えている光景はあるものの、記憶はスポーンと抜けて
しまっている感じです。

憶えていることといえば、お別れ会で喪主の挨拶をするため、
お通夜の日の夜遅くまで挨拶文を考えていたこと。
それからお別れ会の終わりにお棺の中のけんちゃんにお花を入れて
あげようとしたら、涙が止まらなくなってしまったこと。

お別れ会自体はけんちゃんとのお別れを本当に惜しんでくれる人達が集まり、
こじんまりとした、けんちゃんらしいお別れ会だったと思います。




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posted by 桃色珊瑚 at 12:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月22日

千の風になって

ホールに戻ると、司会をしてくれる方が来ていて、
打ち合わせをしました。

けんちゃんの場合、無宗教だったのでお通夜はそのままお通夜で
良いのですが、告別式はお別れ会ということにしてもらうことに
決まっていました。

お焼香もありませんし、お経もありません。
来てくださった方には献花をしていただくことにしました。
白い菊は仏教っぽいので白いカーネーションにしました。

司会の方が「『千のかぜになって』というとっても良い曲があるんですけど
式の中でかけてもいいですか?」と尋ねてきました。

今ほどこの曲は流行ってはいませんでしたので、私はこの時はまだ
千のかぜになってという曲の存在も知らなくて、たぶんけんちゃんも
知らないだろうと思い丁重にお断りしました。

今思えばお断りして正解だったなぁと思います。
良い曲かもしれないけど、今これだけ流行っていて耳にする機会も多いので、
式の最中にかけてもらったとしたら、今聞いてもその時のことを
思い出してしまうでしょうから。

代わりにけんちゃんが好きだった「11月のある日」という
ギターの曲をかけてもらうことにしました。


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posted by 桃色珊瑚 at 17:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

T内科クリニック

9月8日はお通夜、9日は告別式に決まっていました。

お通夜の日は昼間は特に何もなかったので、お姉さん夫婦と
ともちゃんと4人でT内科クリニックのT先生に話を聞きに行くことに
なりました。

T内科クリニック迄は車で20分程です、ショックを受けている私に
運転させてはいけないと、お兄さんが運転してくれたのですが、
17号線の交通量の多さとスピードにはかなりビビッていました。
かえって危なそうだったので帰りは私が運転したのは言うまでも
ありません。

T先生とは昼休みの時間を使っての話でした。
けんちゃんは点滴をはじめて10分位した頃いびきの様な声を出し
呼吸停止になったそうです。
点滴の内容はブドウ糖とビタミン剤だそうです。
そしてT先生はけんちゃんが来院した時の血液検査をしたという
検査結果を見せました。
ウィルスの検査はしておらず、肝機能や血糖値などの成人病の検査の
ようでした。

そして不思議なことにけんちゃんは肝臓のエコーまでとられていたのです。
私はT先生に何で肝臓のエコーをとったのかを尋ねました。
答えは「ご主人が健康診断で肝臓の数値がいつも少し高めなことを
気にしたいらしたからです」
何もこんなに熱が高い時にそんなことしないでもいいじゃない。
と私は思いました。


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posted by 桃色珊瑚 at 22:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

親戚

葬儀屋さんがけんちゃんを迎えに来て、お葬式をするホールに行く
手筈になっていました。

本当は一度家に連れて帰りたかったのですが、何度も運ぶのは
大変だったので直接ホールに行くことにしました。

ホールはけんちゃんのお葬式が終わるまで他のお葬式も入らず、
私たちの貸切状態でした。

けんちゃんのお母さん、お姉さんたちも到着し皆で親族の控え室に
泊まることになりました。

本当に賑やかで親戚が集まっての旅行のような状態でしたが、
誰一人けんちゃんが亡くなったことを納得してはいません。

お姉さん夫婦は絶対に医療にミスだと言い張り、
もっと良く調べるように私に言いました。

その日、私はけんちゃんのお棺の隣で寝ました。
ドライアイスがいっぱい入っていたので冷気が流れてきて
とても寒かったのを憶えています。

夜中、私は何度も何度もけんちゃんの顔を見に起きました。

何があったのか聞くことができないのがとても悔しかったのです。



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posted by 桃色珊瑚 at 10:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月20日

9月7日警察

お昼過ぎ、解剖の結果が出たという連絡が入り私たちは
警察署へ向かいました。

警察に着くと、事務所にも連絡を入れておいたので、事務員のミキさんも到着していました。

その日、警察署は何やらとても混みあっていて、
空いている部屋がないからという理由で、
私は取調室に通され結果を聞くことに
なってしまいました。

もちろん警察の取調室なんて初めてでしたし
とても嫌な気持ちでした。

窓には鉄の目隠しが付いていて、狭い部屋に机がひとつと
電気スタンド、テレビで見る刑事ドラマの取調室
そのまんまでした。

さすがにその部屋で一人で結果を聞くのは嫌な気がして、
息子の浩一郎と妹のともちゃんに同席してもらっても良いか、
刑事に尋ね同席してもらうことにしました。

私はこの時初めて司法解剖は結果を書面でもらえないんだ
ということを知りました。
これが世間でよく言う、情報開示問題ってやつ???
そう思いました。

刑事は分厚い資料と結果をこちらには絶対に見えないように
自分の方に向けて、そこの書いてあることをただ読み上げるのです。

医者でもない刑事から結果を棒読みされても疑わしい気持ちに
なってしまい納得はできないものでした。

結果としては、結局死亡した原因はわからないというものでした。
警察が疑った、点滴の薬を間違えたという証拠も特に出ず、
わかったことは、全ての内臓に鬱血点が出ていたため即死であったこと、
腸の一部に糜爛があったことのみでした。

細胞の一部と血液を保存しておいてさらに詳しい検査をして
もらうことになりました。

けんちゃんは群大病院から戻ってきていて警察の霊安室にいました。
「お会いになれますよ」と刑事に言われ、私は皆と一緒に霊安室へ
むかいました。

そこは警察署の建物から少し離れた敷地内ににあるほんとに小さな建物でした。
中は冷たく冷えていて、お線香の匂いがしました。
この日は残暑でとても暑く、その冷たさにわたしは思わず身震いしました。

その部屋の真ん中にけんちゃんはいました。
頭はぐるぐるに包帯が巻かれ、頬っぺた触ると氷のように冷たかった。
私はこの時はじめて涙を流しました。



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posted by 桃色珊瑚 at 09:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月19日

9月7日朝

眠ったのかよく分からないうちに朝になり、神経が高ぶっていたため寝不足とも感じず、朝から目はパッチリでした。

いつもは低血圧で身体があまり丈夫ではない母もこの日は朝から元気でした。

午前中に群大病院でけんちゃんの解剖が行われているはずでした。

結果がわかり次第、警察から連絡が入ることになっていました。

栄養士のともちゃんは「みんな、ごはん食べないと元気が出ないからね」と言い、テキパキとごはんを作ってくれました。


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posted by 桃色珊瑚 at 14:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

姉妹

けんちゃんが亡くなったことで、普段それぞれ忙しくなかなか集まることが少ない姉妹が集まりました。
真ん中の妹、のぶちゃんだけがどうしても仕事が抜けられずお通夜ギリギリになるということでした。

長女、私
次女、ともちゃん さいたま市に住んでいて病院で栄養士をしています。旦那一人子供一人男の子です。
三女 のぶちゃん ピアノの先生をしています。この時は未婚でしたが今は嫁に行きました。
四女 いっく 外資系の化粧品と健康食品を扱う会社で働くキャリアウーマン。英語超ぺらぺら
五女 あっこ 家で母の手伝い 家事手伝いってやつです。ほんとに優しい子。姉の私が言うのも何だが色白でかわいい美人。

姉妹と母と息子と日付が変わってもなかなか寝付けないまま皆で話をして夜も更けていきました。

ここにけんちゃんがいたらどんなに楽しいだろう、そう思いました。


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posted by 桃色珊瑚 at 17:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年9月6日夜

私は5人姉妹の長女なので、下に4人の妹がいます。
母と一緒に来たのは、一番下の妹のあっこでした。
他の妹は仕事の関係上、夜遅く到着するらしいということでしたが、私は母と妹の顔を見てなんともホッとした思いでした。

事務所の人達も所長はじめ3人ほど家のほうに来てくれて、狭い我が家は一時人が溢れ返っている状態となりました。

その日は九州地方台風が来ていたため、けんちゃんのお母さん達は福岡から出ることができず、止む無く明日こちらに向かうからという連絡をもらいました。
「けんちゃんは無宗教だったから、お坊さんは呼ばなくていいよ。お花をいっぱい飾ってお別れしてあげてね」
と電話でけんちゃんのお母さんが言いました。

所長のHさんが手配してくれた葬儀屋さんが来て、葬儀の話になりました。
慌しさと神経の高ぶりで、私はまだ一度も涙を流してはいませんでした。
葬儀屋さんに無宗教でお願いしたいということと、お花の祭壇を作って欲しいということをお願いしました、が・・・お花の祭壇がけっこうお値段が張ることに少々驚き、けれどこちらの希望額を提示しその範囲で作ってもらうことにしました。
使うお花の種類で値段もずいぶん変わってくると思ったからです。

蘭の花をたくさん使うと値段が高くなってしまうので、百合をいっぱい使ってもらうことにしました。
その他、骨壷だの棺だの決めることがたくさんあって、なんだかデリカシーがないなあと思いながらも、無駄遣いが嫌いだったけんちゃんのためにここはしっかりがんばろうと何故か思っていたのでした。

葬儀屋さんも帰り、事務所の人達も帰り
代わりに私のすぐ下の妹ともちゃんと下から2番目のいっくが来ました。
こうして私のこれまで生きてきた中でたぶん一番長かった一日が終わりました。


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posted by 桃色珊瑚 at 00:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月17日

2005年9月6日司法解剖と病理解剖

私はこの時まで、司法解剖と病理解剖の違いなんて考えたこともありませんでした。

事件性があるかないかで警察がどちらにするか判断するのだそうです。

話をよく聞くとけんちゃんはT内科クリニックで点滴を受けている最中に具合が悪くなったということでした。

結果、警察は関係者に対する事情聴取を経て点滴をしている最中であったことから医療ミスを疑い司法解剖をするという判断をしました。

私はこの後、司法解剖と病理解剖の違いを身をもって知らされることとなるのです。

すぐに解剖をしてもらうつもりでいたのに、司法解剖は裁判所の手続きが必要ということで明日、7日の午前中になるということでした。
私の頭には、院長先生の「感染症の場合、死亡と同時にウィルスも死んでしまいます。解剖はできるだけ早い方がいいのです」という言葉が頭を過ぎりました。

「どちらにするか判断するのは警察ですから」
院長先生はそう言い、肩を落としました。

院長先生のガックリした様子の意味を私はこの時はまだ理解できませんでした。

点滴中だったということで、この時点では警察の判断もこうするしかなかったのかもしれません。

浩一郎も到着していましたが、けんちゃんと対面して顔を見ることもできずなんとも変な感じでした。

事務所の所長のHさんは忙しなくいろいろなところに電話をかけて手配をしていました。
葬儀屋さんの手配も私が何もしないうちに全部Hさんがしてくれました。

そして、その日はけんちゃん不在のまま家に戻りました。

家に帰ると程無く私の母と妹が来ました。





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posted by 桃色珊瑚 at 09:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

2005年9月6日警察

Aさんの顔を見て少しホッとした私は、Aさんに一通りの事情を説明し病室で一緒に待つことにしました。

Aさんが自販機でスポーツドリンクを買ってきてくれました。

私はそれを飲み、その日は水分を摂っていなかったことに気付きました。

しばらく病室で待機していたのですが、すぐに群大病院に行くことになっていたのに一向に呼び出しがかかりません。

不思議に思い職員の方に尋ねると、警察が来るのを待っているということでした。
こういった突然死の場合、警察に届ける必要があるとのことでした。
まだまだ時間がかかるらしいという話で、私は一度家に戻ろうと思いました。

その日は雨が降っていて、半袖七分パンツの私はすっかり冷えてしまっていたのです。

病院の方に一度家に帰るけれど近いのですぐ戻る旨、話をして、Aさんの車で家に向かいました。

家に戻った私はとりあえずジャージに着替えました。

住所録やら必要そうなものを持って行こうと準備していると、大事なことを思い出しました。

そうだ・・・けんちゃんのお母さんに知らせなければいけない。
でもそれはあまりにも辛いことです。

けんちゃんのお母さんは福岡で一人暮らしをしています。
もうお父さんも亡くなり、お姉さん二人も嫁いで、どんなにけんちゃんのことを大事に思い頼りにしていたことか。

私はどうしようかと考え、豊前にいる一番上のお姉さんに相談することにしました。
結果、お姉さんからお母さんに伝えてもらうことになりました。

その後、けんちゃんの職場に連絡し事情を説明しました。

Aさんの運転で病院へ戻ると、すぐにけんちゃんの職場の皆さんが駆けつけてくれました。

けんちゃんを含め6人の小さな事務所です。
皆ショックで頭が混乱しているようでした。

事務員のミキさんは泣きじゃくっていて、所長のHさんは妙なテンションの高さでした。

皆で病室で待っていると、浩一郎から高崎駅に着いたという連絡が入り、事務員のミキさんが駅まで迎えに行ってくれました。

この間2〜3時間はたっていたと思います。
警察の到着の遅さに私は少しイライラしていました。

やっと警察が到着すると、それぞれ個別に事情聴取のようなことがはじまりました。

刑事さんは穏やかに質問しているつもりだったのでしょうが、雰囲気的なもので私は少し嫌な気持ちになっていました。
Sさんという担当の刑事の携帯電話は私と話している間もしょっちゅう鳴り、その度に中座を繰り返していました。

鑑識の穏やかそうなAMさんの対応だけが救いでした。

S刑事は私との話が終わると、他の人の話を聞きに部屋を出て行きました。

院長先生に解剖はどうなったのかと尋ねると、警察の判断で司法解剖になるかもしれないという話でした。


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posted by 桃色珊瑚 at 18:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年9月6日つづきのつづき

私は病院の職員の方に促され、ベットのある病室に案内されました。「少し休まれた方がいいですよ」
その言葉に従いベットに身体を横たえました。

しばらくするとD1病院の院長先生が来ました。
院長先生はお悔やみの言葉を述べた後
「原因が分からないので、頭のCTスキャンを撮らせてほしい。
それでご主人が戻ってくるわけではないけれど、私どもとしては原因を究明したいので是非お願いしたい」とおっしゃいました。
私は「お願いします」と言いました。

私の頭の中には、突然死という言葉が浮かびました。
頭のCTと言われたことで、くも膜下出血とか脳梗塞という言葉も浮かびました。

そうこう思いを巡らせていると、CTの結果が出たという知らせで院長先生の待つ部屋へと呼ばれました。

院長先生は横になって話を聞くように促すと、私の血圧を測りながらCTの写真を壁に貼り付けました。
写真の説明をして、「こんなに突然お亡くなりになられたので、脳血管障害を疑ったのですが、頭の中はきれいなものです。」
確かにけんちゃんの頭の中の写真は影ひとつなくきれいなのもでした。
「こんなことは初めてなんです。私どもとしては何としても原因を突き止めたい。高熱が出てらしたということで、感染症の疑いもあるのですが解剖させてもらえないですか?
亡くなられた後、感染症のウィルスもすぐに死んでしまいます。
解剖はできるだけ早い方がいいのです。」
私は解剖という言葉を聞き、少し取り乱し「解剖っていくら位かかるのですか?」などと訳のわからないことを口走っていました。

それでも事態が良く飲み込めないまま、解剖しないと原因が分からないということのみ理解して、解剖をお願いすることにしました。
解剖は群大病院で行われて、その結果も解剖を担当した群大の先生から伺えるということでした。
D1病院の優しそうな女の先生が同行してくれることになりました。

私は呼び出されるまで待機するように言われ、一旦病室に戻りました。
そこには友達のAさんが来てくれていました。



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posted by 桃色珊瑚 at 10:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

2005年9月6日つづき

T内科クリニックに着くと事務の女性が「救急でD1病院へ運ばれました。急いでD1病院へ行ってください!急いでください!!!」
その急いでくださいという言葉の強い語調に、私は只ならぬものを感じました。
バクバクいっている心臓を押さえて事故だけは起こさぬようにと慎重になりつつも急いでD1病院へと向かいました。

T内科クリニックからD1病院までやはり車で5分ほどです。
いつもならなんでもない距離がこの時はとても長く感じました。
アクセルを踏む足がガクガク震えていたのを思い出します。

D1病院に着くと、救急の処置室の前のロビーに案内されました。

この時はまだ、けんちゃんの様子を見ることも話を聞くこともできませんでした。

ロビーにはT内科クリニックの看護婦さんが立っていました。
彼女は泣いていました。
私は何も考える力のない頭で、何でこの人は泣いているんだろうと思いました。

彼女は、足の力が抜けてしまい立っていられなくなって床にへたり込んでしまった私を椅子の所まで連れて行ってくれて手を握っていてくれました。

どのくらいの時間そうしていたのか憶えてはいません。

ハッと私は息子の浩一郎に連絡をしなければいけないと思い、携帯を握り締め電波の届く中庭へでました。
雨が少し降っていました。

浩一郎はM美大に通っているため、大学のそばのアパートに一人暮らしをしているのです。
東京にいるためここ高崎に帰ってくるには少し時間が必要です。
電話をすると授業中だったようですがすぐにつながりました。
「お父さんが大変なの!危篤なの!!
お願いだからすぐに帰ってきて!!すぐに帰ってきて!!!」

そう叫びながらも、けんちゃんが元気になってこの状況が笑い話になってくれたらいいなと思っていました。

私の母と友達のAさんにも来てもらうように電話をしました。

ロビーに戻ると、処置室の扉が開いていて中が見えました。

除細動器をかけられ反り返るけんちゃんの姿、滝のような汗をかきながら心臓マッサージをするT医師、救急隊員の方々、病院の先生

私はドラマの中にいるような不思議な感覚になっていました。

こんなこと現実に起こるわけがない、きっと夢だ。
悪い夢だ。

T医師が私の前に来て深々と頭を下げました。
「最善を尽くしましたが、至りませんで申し訳ありませんでした」
私はただボーっとしてたように思います。

処置室に通されると、器具をいっぱいつけられて横たわるけんちゃんがいました。

心臓のモニターが一直線になっているのが見えました。

D1病院の院長先生が時計を見て「○時○分、ご臨終です。器具をはずしても良いですね」と言いました。

私はけんちゃんの身体を激しく揺すって「けんちゃん!!けんちゃん!!!」と呼びました。

だってほんの2時間ちょっと前まで生きていたんですもの
ご臨終なんていわれたって納得できるわけがありません。








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posted by 桃色珊瑚 at 22:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年9月6日

明け方、目を覚ますと隣の布団にけんちゃんがいない
起きだしていくと書斎に電気がついていた。

けんちゃんは書斎にいました。
眠れなかったようで・・・
私を起こしてはいけないと思い書斎にいたのでした。

心配になって少し眠るように促し背中を触ると、なんだかとても熱い
熱を測ると39度

私ははやく病院がはじまる時間にならないかと願いました。

それから、けんちゃんは布団に入り少し眠りました。

朝の9時、起きてきたけんちゃんは自分で勤務先の特許事務所に体調が悪いためこれから病院にいきますのでお休みしますという旨の電話連絡をしました。

具合が悪くて起きれないという状態ではなかったのです。

その後、私の運転で車で5分ほどのT内科クリニックに向かいました。

T内科クリニックに着くと車を入り口の近くに横付けし、「終わったら電話するからね」と言い、けんちゃんは車から降りて病院へ入っていきました。

この後姿が私が生きているけんちゃんを見る最後となってしまったのです。

なんで病院の中まで一緒に行ってあげなかったんだろう
私は本当に悔やみました。

大人だから小さい子供じゃないし、ちゃんとしっかり歩いてるし大丈夫という思いと、「ポカリスェットが飲みたいなぁ、それから暖かいスープが食べたい」と車の中でけんちゃんが言っていたので、近くのスーパーにポカリスェットとスープの材料を買いに行ったのです。

家に帰ってから、熱のあるけんちゃんを一人家に置いて買い物にでかけるよりは病院の方が看護婦さんも先生もいて安心な気がしたのです。

私は買い物を終えると一旦家に戻り買ったものを冷蔵庫に入れていました。

その時、電話が鳴りました。

やけに早いなと思いました。

けんちゃんから電話がかかってくる前に、とりあえず冷蔵庫に買い物したものを入れたら病院に向かおうと思っていたので・・・

電話はT内科クリニックからでした。

「ご主人の具合が悪くなったのですぐ来てください」

私は少し焦ったものの、入院でもすることになったのかなと思い、急いでT内科クリニックに向かいました。



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posted by 桃色珊瑚 at 18:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

2005年9月6日前日

私の大切な主人は突然この世を去りました。
それはほんとうにあまりにも突然のことでした。

私は主人のことを「けんちゃん」とよんでいましたので、このブログでも「けんちゃん」と呼びます。

けんちゃんは前日から熱を出していました。
仕事が終わった後、駅から電話をかけてきて「ちょっと体調が悪いから駅まで迎えに来て」っていう電話をもらい私は車で駅まで迎えに行きました。

駅の階段を下りてくるけんちゃんは確かに体調が悪そうでした。

車で家に帰ってきて、熱を測ると37度4分
そんなに高い熱でもなかったので翌日朝一で医者に行くことにしてその日は家で休むことにしました。

もう近くのクリニックも終わっている時間だったのでそうしたのですが、今思うとすぐに医者に連れていけばよかったのかもしれないとやはり後悔してしまいます。

食欲がないとは言いながらも普通に夕食を食べ・・・
私はこのくらい食べれれば大丈夫かなと少し安心していました。

そして私たち二人は翌日に起きることなんて知る由もなくいつものように布団に入って休みました。



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posted by 桃色珊瑚 at 19:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 葬儀までのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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