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2010年01月20日

けんちゃんのブレザー

けんちゃんは、スーツが嫌いで、ブレザーを良く着ていました。
仕事も営業職ではなかったので、スーツは2着くらいしか持って
なくて。。

だいたい、冬ならコーデュロイのパンツ、他のシーズンでも
カジュアルなものに、ブレザー。
といったスタイルが多かったです。

片付け物をしていたら、けんちゃんが愛用していた千鳥格子の
ブレザーが出てきて。。。

ふいに、思い出の深い物を見てしまうと・・・
ボロボロと涙が出てきてしまいました。

何年経っても、きっとこういうことってあるんだろうなあ。。
と思います。

悲しいとか。。それだけの感情ではなくて。
なんなんだろう。。

ここにいない。
ということが、なんとも切ない。。

けんちゃんが、亡くなってから、けんちゃんって
こういう人だった。。って改めて思うことが多くなりました。

元気でいる時には、気にも留めなかったことが、懐かしくもあり
切なくもあり。。

もし・・・ということは、ないのだけれど。
もし・・・けんちゃんが、生きていたら・・・

けれど、けんちゃんが、元気でいたら、こうしたことには
ずっと気がつかなかったのかもしれません。

気がつかず過ぎることが、幸せなのかもしれません。

ふと、けんちゃんのブレザーに袖を通してみました。

大きいなあ・・・そう思いました。




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posted by 桃色珊瑚 at 00:37 | Comment(1) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月11日

平等という考え方

けんちゃんは、平等という考え方が、とても強い人でした。

平等・・・いろいろありますが・・・
男女平等、職業や肩書き・・・

目上の人に対する敬意は、いつも持っていましたが
職業や肩書きによって、付き合い方や人を見る目を
変えるようなことはありませんでした。

ですから、立場が上の人にも、自分の意見を伝えることは
ためらわなかったようです。

それに対して、誤解を受けることもあったようですが
多くの場合は信頼に変わっていったようです。

けんちゃんの場合は、けして感情的にならずに自分の
考えを伝えていました。

それは、私に対しても同じことで、私と意見が違う場合も
しっかり意見を伝えてくれましたし、良いと思うところも
しっかり伝えてくれました。

女だから、妻だから、自分に男性に従う・・・という発想は
微塵もなかったように思います。

私は、けんちゃんに守られてもいましたし、とてものびのび
過ごしてきたのだと思います。

けんちゃんの口から
「女のくせに・・・」とか
「女は・・・」といった言葉を聞いたことは
一度もありません。

そういう台詞は、自分に自信のない男性の言うこと
なのかもしれませんね。

自信のある人は、威張ることも感情的に怒鳴ることも
・・・もちろん暴力を振るうことも、ないのかもしれません。



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posted by 桃色珊瑚 at 10:21 | Comment(2) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月19日

けんちゃんの机

我が家の北側の6畳間は、けんちゃんが書斎のようにして
使っていた部屋です。

けんちゃんは机に向かう時、壁に面して座るのを嫌がったので
机は何故か部屋の真ん中にあります。

私も時々、けんちゃんの机に向かってみて、気付いたことが
あります。

けんちゃんの机に向かって座ってみると、家の中全体が
見渡せるのです。
狭い家ですから・・・

テレビも見えますし、私が台所でちょこちょこ動いているのも
なんとなく見えます。

それに気付いた時、なんとも不思議な気持ちになりました。

けんちゃんは家にいるときはいつも、私を見ていてくれたんだなあ・・・


今もけんちゃんの部屋はレイアウトもそのままになっています。

机の方を見ると、けんちゃんが机に向かっている姿が見えるような
気がすることが度々あります。


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posted by 桃色珊瑚 at 10:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月09日

エコで自然体な、けんちゃん

けんちゃんを思い出すとき、けんちゃんはいつも笑っています。
私は怒っているけんちゃんを憶えていません。

部屋に飾ってある、けんちゃんの遺影の笑顔そのままです。

けんちゃんは無宗教だったので、遺影にもいつも着ている普段着の
写真を使いました。
夏に毎日のように着ていたビールのおまけでもらったビールの絵が
描いてあるTシャツを着ています。

けんちゃんはスーツを着る事はほとんどなく、仕事の時は
カジュアルシャツにネクタイそしてジャケットでした。

日立にいた時も特許事務所の時も変わりはありませんでした。

季節によって、シャツが半袖になったり長袖になったり
ジャケットの素材が変わったり、着なかったり

冬場はジャケットの下に暖かいセーターを着たり
ダウンジャケットを羽織ったり

今はエコだとか騒いでいますが、けんちゃんはずっと前から
エコ仕様でした。

寒い時に寒いのを我慢するような服装でいることも
暑い時に暑いのを我慢するような服装でいることも
合理的ではないと考えていました。

自然体だったのかな

自然体だから、いつも笑顔でいられたのかな。
そんな風に思うこの頃です。


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posted by 桃色珊瑚 at 09:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月05日

キュウリとトマトと、けんちゃんと

けんちゃんの誕生日は夏でした。

生まれも育ちも九州なので寒いより暑い方が好きでした。

けんちゃんは、私が作った料理はほとんど好き嫌い無く
食べてくれたのですが・・・

どうしても食べれないものがありました。

それは、キュウリとトマト。

夏の野菜といえば、キュウリとトマトでしょう。
夏生まれの、けんちゃんがキュウリとトマトを食べれない
というのは、私にとってはとても不思議な事でした。

夏のサラダなんて、キュウリとトマトのサラダ・・・
ってメニューがあるくらいですから。

キュウリとトマトの味には異常に敏感で、ちょっとなら大丈夫だろうと
思って、知らんぷりして混ぜてしまったりしたら・・・
さあ、たいへん。

姿が見えなくても、味でわかってしまって
けして食べません。

だから、我が家のポテトサラダにはキュウリは入っていませんし、
夏に美味しい冷製トマトのパスタなんてとんでもありませんでした。

私はキュウリもトマトも大好きなので、お昼などにこっそり
一人で食べていました。

不思議なもので、けんちゃんが好きだったものは、もちろん懐かしく
けんちゃんを思い出すことのできるものなのですが・・・

嫌いだったものというのも、妙に懐かしくけんちゃんのことを
思い出すものなのです。

今は何でも一年中店頭に並んでいるご時世ですが
やはり旬というものはあります。

夏になり、キュウリとトマトの季節になると
ちょっとコメディータッチのけんちゃんを思い出している
私がいます。


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posted by 桃色珊瑚 at 07:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月14日

弁護士

けんちゃんは弁護士になりたかったのです。

大学・大学院と物理学を専攻し、日立で半導体の仕事をしていたにも
かかわらず、全く畑違いの司法試験を受験していました。

結婚した後で思い立ってしまったのです。
思うところはいろいろあったのでしょう。

浩一郎が幼稚園に上がる年に日立を辞め、その後2年半勉強に
打ち込みました。
けれど、難しい試験です、そう簡単には受かるものではなく、
生活費も底をついてしまったので、地元の残業の無い特許事務所に
就職してもらいました。

けんちゃんは正義感の強い人でしたので、弁護士になっていたら
お金儲けとは縁のない良心的な弁護士になっていたでしょう。


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posted by 桃色珊瑚 at 18:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月02日

納骨

けんちゃんのお墓は福岡から車で40分位の筑紫というところにあります。

けんちゃんが亡くなって2ヶ月程過ぎた11月4日に納骨をしました。

私とけんちゃんが暮らしていて今も私が住んでいるのは
群馬の高崎なので福岡は遠いです。
お墓参りも年に2回行ければ良いほうだと思います。

でも、けんちゃんが生まれて育ったのは福岡ですし、
何よりけんちゃんのお母さんがけんちゃんが帰ってくるのを
待っていたから・・・・・

けんちゃんのお母さんは私がけんちゃんのお骨を福岡に持って
来ないのではないかと、とても心配していたようです。

私は福岡に帰る前に小さな白い壺を買いました。
そしてその中にけんちゃんのお骨をほんの少しだけもらいました。

今はお骨をダイアモンドに変える方法があるらしいです。

いつかその小さい白い壺の中に入っているけんちゃんのお骨を
ダイアモンドにしていつでも身に付けていられたらいいなぁと
思いました。


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posted by 桃色珊瑚 at 17:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月01日

けんちゃんのこと

けんちゃんはとっても優しい人でした。

私はいつもけんちゃんに守られながら暮らしていた気がします。

私がやりたいこともいつも応援してくれていました。

私が好きでやっていたダンスもです。

インストラクターもやっていたので、発表会の前などは連日連夜、
家を留守にすることも多く、
息子浩一郎と二人でお留守番も度々でした。

けんちゃんと一緒だったから、好きなこともやってこれたんだなぁ
と感謝しますが・・・

こんなに早くいなくなってしまうんだったらもっと一緒に居る時間を
たくさん作れば良かったと後悔もしています。

私がもう少し年をとって今みたいに踊れなくなったら、けんちゃんと
二人で旅行に行こうとか考えていたのです。

けんちゃんは絶対に長生きするとそう思ってました。

後で○○しよう、なんて考えちゃいけないんだ。
今はそう思ってます。

後悔しないように


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posted by 桃色珊瑚 at 01:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | けんちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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