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2007年11月30日

変わらないという優しさ

けんちゃんが生きていた頃も、亡くなってしまった今も、同じように
付き合ってくれる友達や知人は有難い存在です。

けんちゃんが亡くなってからすぐは、私の様子を伺いながら腫れ物に
触るように接していた人もいました。
かとおもえば、早く元気になってほしいとばかり、突き放したり、
叱咤する人もいました。
けんちゃんがいなくなったのだから、苦労するのは当たり前だと、
苦労を背負わせようとする人もいました。

そんな人たちは、私にとっては、ウザイ存在です。

そういった人たちは、あなたのためといいながら、心の底では自分が
安心したいのです。

私は、みんなが思っている以上に傷つきやすくなっていました。

大切な人との別れを経験した人の中には、こういう人間関係から、
ウツになってしまう人も多いのだな。
と、思います。

私にしてみれば、けんちゃんがいなくなってしまっただけでも、
とんでもなく大きな変化なのですから・・・

そのうえ、周りの態度まで変わってはひとたまりもありません。

でも、私はそんなことの中から、いつでも変わることなく、
私と接してくれる人たちの存在を知ることができました。

その時々で、変わってしまうような人間関係はいらない。
そんものは、私を不安にさせるだけだから。

ほんとに大切なのはいつも同じに接してくれる人たち。



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posted by 桃色珊瑚 at 18:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 周りの人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月29日

信頼できる人

けんちゃんが生きている頃、仲の良かった、けんちゃんと私を・・・
浩一郎も一緒の仲良しな私達家族を、羨ましく妬みに近い感情で見ていた人が、
たくさんいたことを私はけんちゃんが亡くなってから気がつきました。

けんちゃんが亡くなって、暫くの間、私が悲しみの中に沈みきっている間、
優しい言葉をかけてきてくれた人はたくさんいました。
そして、私が少しづつ外に目を向け、「ああしたい。こうしたい。」と自分の希望を
行動に移し出した時、キバを向けてきた人もたくさんいました。

人とは、隣の芝生が青く見えてしまう生き物なんでしょう。

けんちゃんが生きていた頃は、仲の良い私達家族を羨み妬み、
私が一人になると、一人で身軽に生きる私を羨み妬み。

私は人を羨ましいと思ったことは、今までにないのです。

それは、私が本当に幸せで恵まれていたからなんでしょうが・・・

心の持ちようもあると思うのです。

私は私以外の何者にもなれないのですから。
同じことでも何も感じない人と、小さな幸せを感じる人がいるのです。
きっと私はいつも小さな幸せを感じているんでしょう。

今の私にとって、信頼できる人は、私の幸せを応援してくれる人、
見守ってくれる人。





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posted by 桃色珊瑚 at 01:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 周りの人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月27日

信頼

私は、けんちゃんが亡くなってからというもの、周りの人の気持ちに
けっこう振り回されてきました。

私は物じゃない。

そういう想いも生まれてしまいます。

私がどうしたいのか、何をやりたいのか、よりも。
私にこうしていてほしい、という希望を言ってくる人のなんと多いことか。

「あなたのためを思って・・・」
「あなたの役に立てればと思って・・・」
この言葉は、人の良い私にとっては、受け入れやすい言葉だったのです。

でも人によっては、私がその人の言うとおりにしなかったり、断ったりすれば、
逆切れして怒り出す人もいました。

私のことを真剣に思ってくれる友達もたくさんいます。
けれど、自分の価値観を押し付けてくる人や、私を利用しようと近づいてくる人も
たくさんいることは確かです。

そういった意味で、私はけんちゃんが生きていた頃より、人を見る目が
シビアになりました。

そして、あまり我慢をしなくなりました。
基本的に嫌なことはしません。
そして、嫌な思いをさせられた人とは付き合いません。

私は前よりずっと我儘になりました。

ほんとうに信頼できる人とのお付き合いを大切にしたい、自分に正直で
ありたい、そう思っています。

私がこのことに、もっと早く・・・けんちゃんが生きている時に気付いていたら、
けんちゃんと私の生活はもっともっと楽しいものだったことでしょう。


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posted by 桃色珊瑚 at 20:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 周りの人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

肉親

けんちゃんのおかあさん、お姉さんたち。
この人たちも私にとっては、とてもストレスになりました。

肉親ですから私とは違う悲しい思いがあったと思います。

でもその悲しみは私の悲しみとは共有できないものもあります。

お母さんと私達は離れて暮らしていましたから、
けんちゃんが亡くなったからといって一緒に暮らすことなんて
できないのです。
まして私が暮らしたこともない遠くはなれた福岡では・・・

私はけんちゃんと20年暮らした高崎で暮らしたいと思いました。
少なくても私が少し元気になるまでは・・・

けんちゃんのお母さんは私のことが心配な気持ちと自分のそばに
居て欲しい気持ちと両方だったと思うのですが、毎日のように
電話をかけてきては、福岡に来るように私に言いました。

私は一時それでノイローゼ気味になっていました。

私は申し訳ないような気持ちになりながらも、私が一番安心して暮らせる
今居る場所で暮らすことを強く願いました。

私の実の母は、早くに父を亡くしていたので私の気持ちを
よく理解してくれていました。


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posted by 桃色珊瑚 at 22:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 周りの人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

周りの人達

伴侶を亡くすと言うことは思った以上にたいへんなことです。

歳をとってから亡くすのと若くして亡くすのと、
長く患って亡くすのと突然亡くすのと

それぞれ心情的には違いはあると思います。

人間いつかは死んでゆくもの・・・そうはわかっていても・・・

伴侶を亡くした人間は伴侶を亡くしたという悲しみともうひとつ、
悲しみを理解してもらえないという悲しみに出会います。

寡婦というものはかわいそうであり苦労しなくてはならないもの。
そういう回りの人たちの思い込みが益々伴侶を亡くした者を
苦しめます。
寡婦が少しでも小綺麗にしていたり楽しそうにしていたりすることは、
周りの人たちの嫉妬心を呼び起こします。

同情しているような顔をして心の底では人の不幸を喜んでいる人も
たくさんいます。

私はけんちゃんを亡くして、本当の友達とそうではなかった友達を
はっきり知ることになりました。

本当の友達とはありがたいものです。



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posted by 桃色珊瑚 at 14:48 | Comment(3) | TrackBack(0) | 周りの人達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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